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 先日、扇風機を探しに電気店に訪れてみると、今年は異例な程、扇風機が売れているらしい。

 

 こう暑いと必然とバラの単価は暴落する。

 

 カーネーションやトルコキキョウ、菊に比べれば、花足の早いバラが倦厭されるのは、残念ながら理解は出来る。

 

 私が東京の世田谷花き市場で研修をしていた時、研修終了の半年ほど前に入社してきた後輩がいる。

 

 「後輩」とは言っても、私が世田谷花きの研修を終えてから、早5年の歳月が流れ、その間彼はずっとバラ担当をしているので、今更、先輩面する気は毛頭ない。

 

 しかし、数ヶ月一緒に働いた時の印象の為か、まだまだ半人前と厚顔にも侮っていた。

 

 先日、安値を記録した時に謝意の電話をしてきた。

 

 この時期は毎年安いので、然程気にはしていないが、興味本位に

「今、どんな気分?」

と、聞いてみた。

 

 彼は「くやしいです。」と答えた。

 

 その瞬間、私は彼に今までより一層の信頼を置いた。

 

 価格が安くなって、「すみません」「厳しいです」「売れません」「むりっしょ!」と電話をかけてくる人は多い。

 

 しかし、仮に本心でなくても生産者と同じ気持ちに立ち、再起を誓ってくれれば、農家は幾らか報われる。

 

 電話の一本で、農家の信頼を得られれば、市場の人間としては一流であろう。

 

 灼熱の季節が過ぎ去り、秋には高品質のバラがたくさん切れる。

 

 その時には農家も市場もお花屋さんも潤えるように、今暫らく忍ぶことにしよう。

 

 そうすれば扇風機など要らない。左団扇である。


2008年8月7日(木)「 コマーシャル  ~ グランス編 ~ 」 

 詰まっているメモリーの重要性とは無関係に、軽い音をたてて携帯電話が、 
地面の上を転がる。

 

 軽く振りかざしたつもりが、呆気なく宙を舞い、無残にも2つに割れた。

 

 

「今日は一緒に出かける約束でしょ!?」

 

 またもや約束を裏切られ、激昂する妻の目を置き去りに、いつも通り

「仕事だから。」

と言って無愛想に家を出た。

 

 急遽、休日出勤を強いられ、後輩の市岡が迎えに来る最寄りのコンビニに向かった。

 

「お疲れ様です。いいんですか?洋子さんは?」

「ああ、いつもの事だ。」少しため息をつく。

「先輩の携帯さっきから呼び出しましたけど、モメていました?」

 

 咄嗟に携帯電話を忘れたことに、気付く。

「あれ?洋子さんじゃないですか?」

 

 いつも妻を褒めちぎる市岡は、素早く車を降りて挨拶をするが、
空気の悪さを嗅ぎ取り、直ぐに乗車した。

 

「忘れ物!私はあなたの世話だけをすればいいの?」

 

 一瞬、感謝したものの、火を付けられた。

 

 黙って携帯電話を奪い取ろうとした瞬間・・・・弾け飛んだ白い影は、脆くも粉々に。

 

 驚いて怯む妻は、目に涙を浮かべ、走り去って行った。

 

 二つに引き裂かれた電話を拾い上げ、車に乗り込む。

「行くぞ!」

市岡は何も言わない。

 

 

 出だしの割には順調に片付いた仕事の帰り、携帯電話を買い換える為に

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