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 「やっぱり止めとけば、良かったな・・・。」と思いながら、慎司は車窓から夕闇迫る街を見ていた。

 

 電車の中の人々の視線が中年と花束というミスマッチに注がれる。

 

 

 営業回りの電車の中、車内に悲鳴めいた泣き声が響き渡る。

 

 小さい子供を抱いた、まだうら若い母親が、車内の隅に立ち子供をあやしている。

 

 昼が近いのに混雑していて、子供の奇声が只々人々に降り注いだ。

 

 「うるせぇんだよ。」

 

 まだ、年端も行かぬ若者が呟いた。

 

 慎司は鋭い視線で睨み、すばやく立ち上がった。

 

 悪辣な態度とは反対に、気の小さい若者は慎司に脅え、寝たふりをした。

 

 大柄な慎司は若者に近寄り、たっぷり威圧した後、今にも泣きそうな若い母親の元に
向かう。

 

 「もし良かったら、あの席に腰掛けて下さい。」

打って変わって優しい声で微笑みかけた。

 

 「ありがとうございます。でも座ると泣き止まなくて・・・後少しで降りますから。」

 

 子供を抱きかかえるには、あまりにもか細い母親は、目を真っ赤にして何度も頭を下げた。

 

 明らかに年下のその女性に敬意を感じ、母の偉大さに胸を打たれた。

 

 男の無力感に、大きな体を小さくして電車を降りる。

 

 自分の母親のことを思い出した。

 

 まだ小さかった時分、だだをこねて母親にしがみ付くと、母はいつも優しく、自分が泣き止むまでおんぶしてくれた。

 

 自分の母親と先程の若い母親を思い重ねて、目頭が熱くなり、急に母親に会いたくなった。

 

 

 一日の仕事を終え、電車を乗り継ぎ1時間半。

 

 花束を持って歩く道中は、かなり恥ずかしかったが、知らなかったバラの香りと母親の喜ぶ顔を想像すると「たまには悪くはないな。」とニヤニヤしながら生家を目指す。

 

 ありふれた毎日を特別な一日に

 

 「ありがとう」に香りを添えるパパメイアン

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