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 少し前後するが、日バラの全国大会の初日に、岐阜大学の福井教授の講義を拝聴した。

 

 主題は「ヒートポンプ(エアコン)」の事であったが、講義は生産の基本的な思考の見直しや、国際的な視野から見たバラの生産姿勢など、多岐に渡った。

 

 そこで私が心を捕われたのは、教授が出した資料の一つである。

 

○営業を市場に全て任せない。

○生産・出荷情報を生花店主に連絡する。

○顧客は市場ではない。

○購入してくれた生花店を把握。

○顧客の需要傾向を把握。

○新品種導入にあって生花店の意見を聞く。

 

 一部、抜粋したものだが、ある生産者が生産・販売において心がけている事だという。

 

 私は、市場関係者が出席していたのを知っているので、少しハラハラした。

 

 何故なら上記の6項目は、悪く言えば「市場を当てにしてはならない。」と言っている様なものだ。

 

 私は自らが市場の仕事をしていたこともあって、市場に多大な信頼をおいているし、上記の数項目も市場の役割であると信じて疑わない。

 

 我が家のブログを読んでいる市場関係者が、何名いるか知り得ないが、生産者が上記の項目を真しやかに信じ、実行したらどう思うだろう。

 

 市場は花き業界という大きな山の頂である。

 物流業務に留まらず、種苗会社、産地、生花店、輸入商社を麓に見渡し、情報と交流を支配できると思うのは過信であろうか。

 私は人生のピークである2回の「モテ期」の恩恵を受ける事無く28年生きてしまった。

 

 今となっては女性より「諭吉」にモテたいと思うのは年のせいであろうか。

 



2008年11月14日(金)「 愛しむ 」 

 しばしば有名人同士の交際が公になると、「熱愛発覚!」などと、たいそう大袈裟に報道される。

 

 「熱愛」とは激しく愛し合う事らしいが、激しく愛し合っているか、どうかなど本人達以外に分かるはずもない。

 

 そもそも日本人は欧米人ほど頻繁に「愛している」と口に出す民族ではない。

 

 さらに「愛」の字を一つ取ってみても、「めでる」「おしむ」「いとしい」「かなしい」と様々な読み方がある。

 

 読み方同様に「愛」と言うものは様々な感情が交錯するものであろう。

 

 前回記した、神奈川県秦野市の谷さんの圃場を見学した後、同市内の石井さんの温室も見学させて頂いた。

 

 石井さんのお宅は、親子三代に渡るバラ農家で、正に由緒正しきバラ屋である。

 

 私も以前から、数回ほどお邪魔させて頂き、その度に勉強させて頂くのだが、いつ訪れても、初代の石井さんが選花をされており、奥様がお茶を入れて下さる。

 

 今回も同様に、初代の石井さんが選花をされており、お年を伺うと90歳を越えているという。

 

 二代目の石井さん曰く、「足はだいぶ悪くなって、何とか作業場に来る程だけど、バラの棘が指先を刺激するのか、頭は今も健在だ。」との事。

 

 お仕事をされている姿を、拝見させて頂いても、黙々かつ丁寧にバラを束ねられていて、とても一世紀近く長生きされているご老人とは思えない。

 

 また選花の際にバラを見る眼には、私には到底出す事の出来ないバラへの愛情を感じる。

 

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